自然分娩での出産で、第一子を授かりました。

      2016/05/06

Pocket
LINEで送る

自然分娩での出産で、第一子を授かりました。

 

★9月23日15時28分誕生★

 

可愛い女の子を授かりました。
生まれた直後、目が合った時に、
何だか不思議な気持ちになりました。

娘の目は、
初めての世界を観察している様にも見えるし、
大きな視点から見透かしている様にも見えました。

 

母子ともに健康で、
安心・安全な環境で、
家族3人で過ごしているのですが、

赤ちゃんが生まれてくるまでは、
陣痛から38時間という、
長い長い出産でした。

生まれてから一ヶ月は、
一番可愛い時期と聞いたので、
できるだけ、3人でいる時間を増やしたいと思っていますが、

今は、自然分娩で出産をすると言う事について、
振り返りも含めてスタバに来ています。

 

寝る前の映画タイムに陣痛スタート。

21日(生まれる二日前)の夕食後の仕事を終えた僕は、
寝る前の映画タイムとして「三丁目の夕陽(映画)」を見始めました。

いつもは一緒に観る妻が、
「来たかもしれない。」と言いながら、
息を深くしはじめました。

しばらく様子を伺ったものの、
昨日、一昨日と変わらないなと思い、
僕は映画を観続けていたわけです。

そして、見終えて普通に寝ました。

・・・男ってだめですね。
後から聞いたら、既にこの時、軽い陣痛は始まっていたとの事です。
布団で寝付けない妻はソファで朝を迎えて、

「ともくん、病院行くから起きて。」
という言葉で僕は目を覚ましました。

 

病院に到着⇒検査⇒分娩室!

朝の9時半過ぎに病院に到着すると、
赤ちゃんの心音や陣痛の波を確認してから、
先生に子宮口の広がり具合を診てもらいました。

「いいですね~、順調に開いていますね。」
と言ってもらい、そのまま分娩室に移動です。

 

分娩では
出産のシミュレーションが出来てなかった上に、
やった事も、聞いた事もない作業なので、
僕にとっては凄いスピード感で展開していきました。

あたふたと準備をしていると、
妻は布団の上で息み始めていました。

 

ここからが長かった、、、

朝の9時に分娩室に入って、
赤ちゃんが生まれてきたのが、
次の日の15時なので、

分娩室に入ってから30時間
陣痛が始まってから38時間
妻にとっては長い時間だったろうと思います。
本当によく頑張ってくれました。

 

ゆいクリニックで自然分娩

僕ら夫婦は色々な産婦人科をまわって、
沖縄市にある「ゆいクリニック」でお産をすることに決めました。
決めた要因としては、下記の様な感じです。

1、インターネットで「小田まゆみ 座談会 助産師」とググったら「ゆいクリニック」がヒットした。

2、自然分娩、フリースタイルを大切にしているクリニックだった。

3、小森さんという助産師さんが毎週木曜日いらしていた。

4、病院が木で出来ていて、こんな家に住みたいと思うクリニックだった。

 

実際に出産をさせてもらった今、
「ゆいクリニック」に決めて本当によかった。
と思っています。

出産は、赤ちゃんとお母さんだけのものじゃなくて、
お父さんのためのイベントでもあるんだと、
ゆいクリニックでの出産だったからこそ実感できたと思います。

 

お父さん、めちゃくちゃ疲れる

出産に立ち会って、助産師さんから言われて印象的だったことは、
「ご主人、少し、休まれます?」
「別室で寝て来てください」
「ご主人、食事の準備ができたので食べて来てください」
という感じの言葉でした。

僕がその場で一生懸命に過ごしていると、
一番大切な時に力を温存しておいてください。
という類いのアドバイスをしてくれた感じです。

 

結果的に、少し情けないのですが、
僕は、たくさん睡眠を取らせてもらいました。
出産の立ち会いってめちゃくちゃ疲れますね。

 

僕がしていた事と言えば

・妻の腰に手を当てる。
・妻が辛そうだと、「呼吸だよ。呼吸。」と言わんばかりに、「となりでフー!」とやる。
・何をしていいのか分からなくなると「大丈夫っ?」と聞く。
⇒妻はさっと手の平を僕にむけて、それどころじゃないのサイン。
・妻が水を飲みたがると、なる早で水に手をかける意識。(助産師さんに負けない!)
・うちわで、できるだけ柔らかい風を送る。

こんなところです。

因に、やろうとして出来なかった事は、

・陣痛が何分おきに来るかを計ろうとして、毎回、時間を忘れる。
・生まれるまで、ずっとさすっててやる!と思って、息んでる妻のとなりで寝落ち。
・10分で戻る!と仮眠のつもりが3時間爆睡っ

こんな感じでした。。。

気持ちは一生懸命でも、
知らない世界すぎで余計な体力使いまくるのか、
全然、体力がもたなかったです。

 

パソコンの作業が1日中できても、
リアルな世界で活躍できないと、
男としてはちょっと凹む瞬間でした。

助産師さんから

「休んでもいいんです。」

と、しっかり言われるとちょっと救われた気がしました。

 

避けたかった、筋肉注射と陣痛促進剤。

ゆいクリニックでは、通院を始めた頃から、
先生、助産師さんからの指導や、セミナーで、
理想の出産、出産を超えた、理想の家族作りを、
書き出していくワークがあります。

僕らは、流行でもあるオーガニックな感じを理想に組み込んでいたので、
痛み止め、陣痛促進剤、などの人工的な行為を、なるべく避けたいと思っていました。

 

お産では、
・赤ちゃんが生まれてきたいタイミングで、生まれてきてほしい。

これは、後の家庭作りで意識したい、
・やりたい事を自分の力でやってほしい。

に、つながっていると、僕ら夫婦は考えていたのです。

 

しかし、結果的に、
僕らは、「痛み止めの筋肉注射」「陣痛促進剤」を使いました。
理由としては、数時間で終わると思った出産が、
40時間弱も続いて、妻の体力・気力が微妙になってきたからです。

2日、3日と出産を味わう夫婦もいる様ですが、
僕らは2日を越える出産は難しそうだと判断しました。
甘ちゃんかもしれませんが、ギリギリのところで迷わず選択したのは、
「今の環境で安全と思える事」でした。

ゆいクリニックでは、「先生・助産師・僕ら」の三角形で、
最善の選択肢を探っていく形があったので、

・こうなったら、こうしよう。
・ここまできてこうだったら、こうしよう。

などと、一つ一つ納得のいく意思決定ができたのが良かったです。

先生と助産師がタッグを組んで不安をあおってくる。という様な事がなく、
それぞれの立場から、最善の意見を投げてくれる。という感じです。
これは、この出産の中でもすごく嬉しかったポイントです。

 

オーガニックは自分の親への反発もある。

話しを変えながら説明したいのですが、
出産3ヶ月前くらいに助産師さんから、
目から鱗のお話を聞く事が出来ました。

「自然分娩を望むお母さんは、自分のお母さんに反発している事がある。」

僕の実家は千葉、妻の実家は鎌倉で、
当然、妻の母は、出産をサポートする体勢を作ってくれたのですが、
僕らがこだわりを突き通して、沖縄での出産を決めました。

 

もう少し突っ込んで話しをすれば、
僕の両親も、妻の両親も、本当は大きな病院で出産して欲しかっただろうと思います。
両親たちの常識からすれば、床に布団を敷いて、そこで出産するよりも、
設備が揃った分娩台でのお産の方が、命が安全だと思ったはずです。
(妻の父からはそのような言葉ももらいました。)

僕らは夫婦は、どこかでそれも分かりながら、
両親たちに細かい説明をした形を作り、
納得感もあまりとらず自然分娩に踏み切りました。

生活の仕方、仕事の仕方、食事、教育など、
何をとっても、半分も意見を取り入れない僕らは、
もしかしたら、自分たちの親に対する反発がまだまだあったのかもしれません。

親への反発感は、
僕ら夫婦にとって一つのテーマになりそうです。

 

医療を受け入れて変わった意識。

「陣痛促進剤は使いたくない。」

出産前に思っていた考え方は、
出産時には変わっていて、

「とにかく、母子ともに、無事ならそれでいい。」

になっていました。

振り返れば、それが一番自然な考え方で、
僕らの両親とも100%一致する考え方だと思います。

はじめから、それを言われていたんだな。と、
出産後、赤ちゃんの顔を見ながら感じる事ができました。

また、赤ちゃんは自然分娩を望んでいたのかどうか、
それについても、赤ちゃんに質問して回答してもらった分けじゃないのに、
どこかで勝手に、それが良いに決まっている!と決めつけている自分たちがいました。

これは、これからの子供の体作りや教育についても、
僕ら夫婦の意識が変わってくる様な感じがしました。

 

涙をこらえたタイミング

振り返れば長かった。。。
と思う出産だったのですが、
出産に立ち会った男性として、
涙をこらえた(切れなかったところも、、、)瞬間がありました。

1、先生に「子宮口が9cmくらいに開いてきましたよ~」と言われた時。
2、妻がトイレで息んで破水した時。
3、赤ちゃんが生まれて、妻が胸に抱いた時。

この3回です。

 

全力を出している妻を目の前にしていたので、
最後以外は言葉を飲み込みながらでしたが。
お産が進みに連れて、感動の度合いは大きくなりました。

 

①妻の子宮口が目標の10cm近くまで開いてきた時、
この人はすごいな。この短時間で体を変えちゃってるのか。
本当に凄いな。という感じの感動で、喉の奥が固くなってふるふるしました。

バスケに例えればブザービーターが決まって、
しかも、逆転して勝ってしまった瞬間という感じです。

 

②次は、トイレで破水した時です。
助産師さんを含め、その場が、
一気に「くる!」「生まれる!」ってモードに変わって、
意味も分からず、こみ上げてくるものがありました。

バスケに例えば4Q終盤でオールコートプレスをかけて、
シューターが3連続で3Pを決めて、点差を一桁まで詰めてきて、
尚且つ、10秒バイオレーションを取った瞬間という感じです。

 

③最後は、赤ちゃんが生まれてきて、妻の胸の上に抱かれた時です。
僕は体全体が熱くなり、
口からでた言葉は「生まれたっ 生まれたっ 生まれたっ」と、
事実だけでした。感動が限界に来ると、見たまんまを口にするのですね。

えーと、バスケに例えれば、
万年ビリのチームに新しいコーチがやってきて、
分裂していたチームが統合されていって、
大事な試合前にちょっとした問題を起こしてしまって、
優勝しないと、もうこのチームでバスケができない状態を作ってしまい、
その状態で、優勝した後にコーチを胴上げしている瞬間という感じです。
きっと、「勝った!俺たちは勝った!」くらいしか言葉がないでしょう。

こりゃ失敬。

最後は抱き合いながら

最後の最後は、
僕が立て膝をして、そこに妻が抱きつく体勢で出産しました。

妻が僕の首に力一杯しがみつくたびに、
何故か、僕も、力一杯妻にしがみつきました。

なんか、一生懸命話しかけた様な気がしますが、
よく覚えていません(笑)

背中に爪を立てられた気がしたので、
僕も妻の背中に爪を立てた気がします。
なんなのでしょう。
この不思議な現象は(笑)

後で、妻と話しをしていたら、
本当は噛み付きたかったと言う事です。
もし、噛み付かれたら、
僕も妻に噛み付いたかどうかは、
今となっては迷宮入りです。

 

無事に生まれてきた我が子を見つめながら、
妻と、ゆっくり話しをしていると、
気がつけば、分娩室は3人だけになっていました。
2時間くらいは分娩室で、そのまま静かな時間をすごさせてもらいました。

薄暗い部屋の布団の上で、
3人固まって過ごしたあの時間は、
幸せというやつだったのではないかと思います。

また、妻が休んでいる間に、
娘にチューをしてやったので、
娘が初めてしたチューの相手は僕になりますね。

これで、将来の諸々については大きな目で見てやろうと思います。

 

最後の儀式は親父として僕が。

もう最後はどっちでも良かったのですが、
「ご主人、へその緒を」と用意をしてもらい、
赤ちゃんと妻のへその緒を切り離しました。

もう、母親からは栄養も何もかも送られず、
この子は自分の口や鼻や肌で生きていく必要があるんだ。
と、思いました。

 

希望していた、胎盤の説明を受けている時、
この子は、本当に宇宙みたいな所にいたんだろうな。
サイヤ人が開発した超回復装置と似てるな。
と思いました。

大先輩に教えてもらって、
僕がこれだけはどうしてもしたい。と、お願いしていた、
胎盤やへその緒を食す事も叶えてもらい。
何か、やり遂げた。という気持ちになり、
自分たちの部屋に帰って休みました。

 

妻のお腹にいた赤ちゃんは、
僕と妻の間に寝ていて、
妻のお腹はしぼみ始めていて、
あんなにパンパンだったのに、
情けないくらいふにゃふにゃになってしまって、
それが、頑張った証だなと思えたりと、

そんな事を頭の中でやりながら、
妻のお腹を触っていました。

 

名前をつけるという最初で最後のわがまま。

娘の名前については、
出産前に長らく決まらなかったのですが、
僕のおばあさんの名前をもらうのはどうかと検討しています。

どうなることやら、
これから、じっくりと吟味したいと思います。

大学で唯一、大切な事を教えてもらった。
と、思う事の一つに、

「子供にできる親のわがままは、名前をつける事くらいだから、自分の好きな名前をつけたらいいんです。」

というのがあります。

 

その教授は、文学の先生で、
授業中、友達としゃべっている学生をつかまえて、
その学生の名前を聞いては、「素晴らしい名前だ。」と言って、
名前に使われている漢字の意味を説明してくれたりしていました。

因に、初々しいカップルが乳繰り合っているのを見つけると、
こんな所にいないで表に出てデートでもしてきなさい。とも言っていました。

あの人は今、どうしているのか。
顔は覚えているのですが、名前は忘れてしまいました。

 

僕の娘が成長していくステップで、
あんな人が現れて、名前を褒めてくれたら良いな。

その度に、
この子が「あぁ、生まれてきた良かったなぁ」と、
思ってくれたら嬉しいな。
そんな風に思います。

できることなら、
そういう雰囲気を守っていきたいなと思っています。
父親になった男の戯れ言でしたが、
最後まで読んでくれてありがとうございます。

僕や妻やこの子にご縁のある方々、
これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします。

aiko

Related Articles:

Post Footer automatically generated by Add Post Footer Plugin for wordpress.

Pocket
LINEで送る

Facebookページ

 - Word_ぼやき, 子供